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【生後9か月で健康だった赤ちゃんが1日でお空へ帰った話:脳腫瘍(退形成性上衣腫)】⑨ 最後

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こんにちは coletです。

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この話は、第一子である長男を生後9か月で亡くした話です。
出生時は全く問題なく、また成長も問題ない、成長曲線ど真ん中の子でした。
闘病などしておらず、入院したその日の夜に病名が判明し、たった一日で、旅立ってしまった悲しい話です。
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前回の話はこちら

最初の話はこちら

 

2020/7/6(月)

息子がこの世を去ってしまって

もう目を覚ますことはない現実が目の前にあって

死にたい気持ちしかありませんでした

健康だったのに、なんで

一昨日までは笑っていたのに

普通の男の子だったのに

なんで

なんで

…そんなことをずっと頭の中で考えてはいるものの、
実際はお葬式の準備とか、色々やらないといけないことが沢山ある。

ーーー
すごいタイミングなのですが、息子がなくなって30分後くらいに、
市役所から保育園の連絡の電話が入ったんですよね。
保育園決まりましたよ、なのか
保育園落ちましたよ、なのかは分かりませんでしたが、
聞きたくなくて、
「今!息子が亡くなってしまって…。すみません、もうそれどころじゃ…」と
電話かけてくれた人もビックリだったと思いますが、
もうパニック過ぎて、うまく言えなかったと思います。

こんなタイミングで、こんな電話来る?

心はもうズタズタでした。

ーーー

息子を沐浴すると看護師さんが言っていたので、
搾乳機を借りて、母乳をとり、
浴槽の中に溶かしました。

私の胸も、丸1日飲んでもらえてなかったから、パンパンに張っていました。

なんか・・・もう母乳も飲んでもらえない現実が悲しすぎました。

ーーー
看護師さんが気づいてくれたのですが、3本目の歯が生えかけていました。
離乳食を良く食べているときは2本の歯で器用に食べていましたが、
ここ最近は食欲も落ちていたので、食べてもらう事や母乳・ミルクを飲ませることに必死で、
3本目の歯にはきづきませんでした。

なんで・・・

身体は普通で、成長しようとしているのに、
つかまり立ちだってできるようになってて、
ふらつきとかもなかったのに

なんで脳の腫瘍のせいで死ぬことになってしまったの

身体は元気なのに、なんでなんで・・・

そんなことをずっと考えていました。

ーーー
病院を出る時、裏口から出るように案内されていました。
もう9か月になった息子は重くて、しがみついてはくれないので、
横抱きで抱っこするのは結構大変でした。
でもこの重みを感じるのも最後。

関係があったお医者さんたちなのか、私たち夫婦の後ろには10人くらいの病院関係者がずらっと並んでいて、
私たちを見送りしてくれました。

こういう経験をしたことがなかったのですが、普通なのかな…。

ーーー
この後のことは、いったん義実家に帰って義両親に会わせて、
葬儀会場へ行ったり、
私の両親を呼んで、翌日来てもらったり(会わせるのめちゃくちゃ辛かった)
細かいことはあまり思い出したくないので、割愛します。

私は息子のそばにいさせてもらったけど、夫は色々と手続きがあって、
住んでいる町と、病院と義実家は市町村がバラバラなので、
移動だけでも手続きが大変で、本当に頑張ってくれました。

ーーー
急に母乳を飲まれなくなってしまったので、
胸はパンパンで大丈夫か不安だったので、
お世話になった助産院さんへ連絡しました。

生後9か月だと、心の栄養という割合の方が大きくなっているので、
搾乳はせず、胸を押して圧を抜くくらいで、自然に母乳量は減って、落ち着くかもしれません。
と言ってくれました。

その通りで、しばらくは張っていましたが、だんだんと母乳量は減っていき、
病院で診てもらわなくても大丈夫な感じでした。
ストレスとかが原因かもしれませんが、胸のトラブルにならなくて良かったと思います。

ーーー
子供を失ったからといって、後追いはできませんでした。

私には夫も、両親もいたから。

一人だったら追いかけてたと思います。
だって息子は私のことが一番だったのに、
その私がいなくて、あの世には知り合いは全然いない。
寂しいに決まってる。

でも私がいなくなったら悲しむ人がいることを思うと、、
私が息子を失ったのと同じで、両親にも悲しみを与えてしまう。

だから仕方がないけど、生きるしかない。
息子がいる世界は幸せに満ち溢れているって信じるしかない。

「子供を失うなんて、耐えられない」という人はいるけど、
私だって耐えられないけど、耐えるしかない。
生きていくしかない。
そういうもの。

子供を失った人にかける言葉は、本当に気を付けないといけないな、と思います。
当事者じゃないと、この気持ちは確かに分からないな…と思いました。

私たちは、子供が好きで、
すぐにでも次の子が欲しいと思いました。

あの子が帰ってくるわけではないけど
子育ては素晴らしい経験だった。
幸せな9か月だった。
夫も同じ気持ちでいたことが、私の救いでもありました。

とりあえず、私は風疹の数値が16だったので、風疹の追加接種をして、
1か月後から病院へ行きながら、妊活をしました。
私も夫も特に問題はないので、病院に通いながらタイミング法です。

4か月後に、子供を授かりました。

妊活中は本当に苦しかった。
妊娠出来て、すごく安心しました。

そして現在妊娠32週まで来れています。

正直、不安しかありません。また小児がんになったらどうしようという気持ちが大きい。

だって、めちゃくちゃ可能性の低いことが起こってしまったから。

何もないことを祈ることしかできない。

とにかく今は、無事に健康で生まれてきてほしい。
それだけを祈っています。

これから、いろんな複雑な思いを抱えながら生きていきます。
100%の幸せはもう感じることはできないけど、

残りの人生、できるだけ楽しめたらいいな、と思います。
お腹の子が、生きる希望を見出してくれました。

まずは、出産に向けて頑張ります。

ーーー

息子の話は、いったん終わりたいと思います。
ありがとうございました。

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