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【生後9か月で健康だった赤ちゃんが1日でお空へ帰った話:脳腫瘍(退形成性上衣腫)】⑧

2021/07/24

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こんにちは coletです。

ーー
この話は、第一子である長男を生後9か月で亡くした話です。
出生時は全く問題なく、また成長も問題ない、成長曲線ど真ん中の子でした。
闘病などしておらず、入院したその日の夜に病名が判明し、たった一日で、旅立ってしまった悲しい話です。
ーー

前回の話はこちら

(医療カルテは大学病院から取り寄せているので、あるのですが、現在手元にないので、私の頭の中の記憶で記載しています)

7/6(月)

大学病院に到着した3:00頃

息子はまたコロナチェックで、肺の状態を撮る(CT?)と、脳の状態を撮るためにCTとMRIを撮ると言われたと思います。
コロナにはかかっていませんでした。

何も状況が分からないまま、30分~1時間くらい過ぎたころ、

先生から説明がありました。

「予断を許さない状況である。」
「手術をしなければ助からない。」
「手術の成功率は50%。」
「手術に同意のサインを」

そんなことを言われていました。
手術の同意サインの紙は色んなものがあり、何枚も夫がサインしていました。

でも、
「そもそも手術ができる状態かを見極める必要がある」と言われ、
色んな検査をする、とのことでした。

こんなに搬送まで時間がかかってたから、意外と大丈夫なのか?と思ってたけど、
やっぱりそんなことはなさそう…。
でも、今日の朝まで大きな声で泣けてた子が、この日に亡くなるなんて思えなくて、
きっと手術は成功すると思っていました。

また30分~1時間くらい待って、連絡が。

手術前に会える、という話でしたが、
「手術はできそうなので、すぐに手術室に入りました。」と連絡があり、
手術前に会うことはできませんでした。

でも手術できることがうれしくて、仕方がないと思い、
とにかく手術がうまくいくことを願っていました。

ーーー

朝5:00~6:00頃だったか…義実家と実家に電話で連絡しました。
義実家には夫が。実家には私が。
脱水で入院していたことは知ってはいますが、まさかこんなことになっているとは知りません。
なので、もう絶句、、という感じでした。とにかく無事に手術が終わることを祈ると言ってくれていました。

本当は、予定では、1週間後に実家に息子と行く予定だったのが、まさか命の危機にあるなんて、信じられなかったと思います。

ーーー

5:00くらいに手術室に入った、と聞いていたので、
すぐ手術していたと思っていたのですが、電子カルテでは8時頃着手した感じでした。
22:00頃に痙攣して、結局手術開始が8:00頃…10時間くらいかかったんだなぁ。。

息子が手術室に入っている間、手術が終わった後の段取りの説明を受けました。
入院中必要なものの準備等々です。
「コロナ禍だから1日の面会は30分です」なんて言われて信じられない気持ちでいました。
今までずっと一緒にいたのに、30分しか会えないの…?と思いました。
今の病院はどうなんでしょうか。付き添う家族が子供と長い時間を過ごせなくて辛すぎる、と思いました。
説明を受けているうちに、夫は…泣いていました。
なんで泣いていたか内容は思い出せないのですが、入院生活になったら…というような説明の中で泣いていたので、
夫の中では、手術が成功するかどうか不安な気持ちが出ていたように思います。

この日は7/6で次の日は七夕。トイレに行く途中、病院内では笹の葉が飾ってあり、願い事をかける短冊もあったので、
私は「手術が成功しますように。〇〇の病気が治りますように」と書きました。…結果的に7/7も迎えられず、願い事は叶いませんでしたが。

手術がいつ終わるか分からない中、5時半ころから待合室のようなところで、ずっと待っていました。
絶望したり、希望を持ってみたり。
こんなことになることが信じられなくて、ドラマみたいにきっと手術は成功する!後遺症なんかも残らなかったりして!と
明るく考えることがあったり、
お別れということもあるのかな…。
え…もし万が一があったら、私この日で育休終了になって、働くことになるの?なにそれ、可哀想すぎでしょ。とかスマホで調べながら現実的なことを考えたり。
感情の浮き沈みがめちゃくちゃ激しかったです。めちゃくちゃ寝不足なのに、寝ることももちろんできませんでした。

そして…

事務員さんのような人に呼ばれました。夫はピッチみたいなものを渡されていたので、
夫はピッチで連絡がなかったことから、もう察していたようです。

私は成功したんだと信じていました。夫と一緒に別室に入りました。
そこに先生がやってきて、表現としては忘れてしまいましたが、
・手術中に心肺停止して、ずっと心臓マッサージをしていますが、戻ってこない
・このまま心臓マッサージをしても、もう厳しい
・心臓マッサージをやめてもいいか
このようなことを言われました。淡々と説明するような先生でしたが、この時は泣きながら話してくれました。

私は手術前も手術中も、ずっと泣いていましたが、この時も泣きっぱなしでした。
子供の死に目も会えなかった。一人でいかせてしまった。
もう表現のしようがない絶望を感じていました。

10:00頃、息子は旅立ちました。

色々処置があるみたいで、実際に会えたのは11時過ぎだったと思います。

息子の最期の姿は、いつもどおり可愛くて、きれいで、眠っているだけに見えました。
でも、もうぬくもりはありませんでした。

続きはこちら

 

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