妊活・妊娠・出産・育児 山形暮らし

今日は命日 1年経過

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こんにちは coletです。

まだ息子の記録は途中ですが、今日は命日なので、1年経った後の気持ちも残したいと思います。

この1年、毎日泣いていました。

人って、毎日泣けることを知りました。

そしてこの悲しみは、夫とも共有はするけど、
共有しすぎないようにブレーキをかける。
それは、両親・義両親に対しても。
みんな当事者だから。
私が悲しんでいると、辛い思いをさせるから。

そういったところで言うと、身近ではなかなか本音は言えないので、
ブログとかがあって良かったな…と思います。
私自身もネットサーフィンして、子供を亡くした親のブログを見させてもらっています。
ーーー

毎日、毎日、楽しかった思い出より、最後の顔を思い出す。
楽しかった思い出は思い出せない。
思い出すのは最後の日ばかり。
この1年で夢に出てきたのは2回。
1回目は1か月後くらいだったか、私の横でゴロゴロしてて、
普段私は夢が夢だと気づかないタイプですが、その時は、
息子が亡くなったことを認識しちゃってて、悲しくなった。
2回目は、すでに写真で飾られてて、亡くなったことがわかっている夢。
どちらも、亡くなっていることが前提で、悲しかったです。
それから、全然夢に出てきません。

写真を見返して、この日はもしかしたら痛かったのかも…とか
過去の写真でさえ、どんどん辛いものになってしまう。

私の場合、病院にも連れて行っていたし、
急変するその時も病院に入院していたし、
なんなら看護師さんより先に異変に気付いてた。

周りの人からすると、「お母さんは十分やっていたよ」
「毎日記録も取っていたし、そこまでしていて、助からない命があるなんて…」
そんな風に言ってもらえるくらい、素人で出来ることはやってたと思います。

夫も私の育児を間近で見ていて、一緒に考えてくれていたから、
私を責めるようなこともない。

それでも、私は自分を責める。
「もっと方法があったんじゃないか」
「先生への伝え方が悪かったんじゃないか」・・・

やれることはやった、とそれなりに思うことは出来ているけど、
そんな私でさえ、後悔は残る。

息子の病気は小児がんで、原因不明で、治療したとしても助かるかどうか分からないものと
言われているのもあり、どうしようもなかったのだとも思う。

そう思うと、交通事故や、親のミスで何かあった人は
どれほど辛いだろうか。
まして子供に自死されてしまった親はどれほど辛いだろうか、とも思う。

(多分自己防衛の一つだと思いますが、私は自分が辛いことがあると、
より辛い境遇の人のことを考えてしまうクセがあります)

ーーー
私は0歳の時、川崎病という病気になっていたことを親から聞いていたので、
子供の体調には、すごく気を付けていました。
寝ているとき、毎日、息をしているか確認していたし、
熱・下痢・便秘がないかも確認、ぴよログにも残していました。
亡くなった後だからではなく、本当にこの子は絶対、私が守るって本気で思っていました。

でも、守れなかった。

私のことを必要としてくれる、無償の愛をくれる、あの子を
私のことが一番好きだと明らかに分かっているあの子を、
一人で行かせてしまった。あの世に行っても絶対寂しい…
そう思うと、本当に絶望する。

どうか寂しくないことを、祈ることしかできない。

ーーー
息子がいなくなって、絶望の中、夫も子供を授かりたいという気持ちが一緒だったことは、
本当に良かったと思います。夫も頑張ってくれた。
妊活中は本当に辛かった。一生子供ができなかったらどうしよう、と。

子供がいる暮らしから、夫婦だけに戻った静かな生活は、本当に辛すぎました。

幸い4か月目のチャレンジで、また9月生まれの子供がお腹の中に来てくれて、
本当にうれしかったです。
この子のおかげで生きていける感じすらします。
でも同じ9月生まれで、生活の仕方も同じだから、
また同じことが起きないかが不安。。
生まれてからもずっと不安なんだろうな、と思います。

息子には、「絶対生まれ変わって、またお母さんのところに来てね」と何度もお願いしました。
でもお腹の子は息子じゃないことは分かっています。
別の命として、大切にしていきます。

今日でちょうど妊娠30週目。今のところ問題はありません。
どうか健康でおじいちゃんになるまで生きてほしいと願っています。

1年経った今の気持ちは、こんな感じです。
来年はどんな気持ちなんだろうか。

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