健康・介護

「孫」から見た2人の祖母の介護とは

2019/12/29

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こんばんは。coletです。

今、大恋愛 TBS ~僕を忘れる君と~がテレビドラマで放送され、
久しぶりに自分の介護を振り返ることにしました。
ずっと辛かった記憶でもあるので、何かに残すことはしてこなかったのですが、
貴重な経験だとも思うので、思い出せる限り残していきたいと思います。

大恋愛 TBS ~僕を忘れる君と~

このドラマは、若年性アルツハイマーがテーマになっていますが、
私が看たのは、ご年配の方がなるアルツハイマーです。

私は現在27歳。
そのうち人生の半分以上の約15年の年月を介護と共に過ごしました。(小学3年生~社会人4年目まで)
今も介護職ではありませんが、介護に関わる仕事に就いていますので、介護との関わりはかなりのものです。

母方の祖母は認知症→寝たきりでした。
父方の祖母はアルツハイマーでした。

元々母方の祖母は次男と住んでいましたが、
最近物忘れがひどいとのことで、私たちと同居。母の兄は看ないと一点張り。
父方の祖母も次男と住んでいましたが、
物忘れがひどいとのことで、私たちと同居。
三男は、三男がうつ病、子どもが2人かつ、奥さんは奥さんの母を介護しているので不可能。

本当にすさまじい毎日でしたが、良い経験でもあったと思います。
でもまた介護できるか?と聞かれたら、正直出来る自信はないです。

自分の親を看る介護はよくありますが、
「孫」目線で介護について書いてあるものをあまり見たことがなかったので、
「なら、私が書いてみよう」と思いました。

人生で、介護を全く経験することがない人も、もちろん沢山いると思いますが、
介護は急にやってきます。
そして、1・2年じゃなく、私のように15年も関わるケースもあります。
正直私は、15年も関わるとは思っていませんでした。

思ったより、介護は長いのです。
そして、子供のように成長はほぼ見込めません・・・。

このブログを見てくれた人が、

・突然家族に「介護」が必要になるかもしれないから考えよう
・こういう家族もいるんだな
・介護に関わることになったらまず調べよう
と少しでも介護を考えるキッカケになってくれたら幸いです。

介護が終わって、3年。
今だからこそ介護の良い面も悪い面も書けます。
当時だったらなかなか書けなかったと思います。

介護をして良かったと思う事
・小さな喜びで嬉しくなるようになった
・今の現状を幸せに思えるようになった
・人生には自分の力じゃどうしようもない事もあるということを知ることが出来た
・どうしようもないことに直面したとき自分なりの自分の心の対処方法が分かった気がする
・認知症の人との接し方が分かった
・就職先が介護関係になった(介護施設でケアする方ではなく、職員・利用者家族を支えるシステム会社)
・生涯の伴侶を見つけた(就職先が違ってたら出会ってなかった)もちろん他にもたくさんあります。
・命の大切さを学ぶことが出来た
・おばあちゃん孝行ができた
・誰に対しても笑顔でいる事は、人から愛されるんだと知った(母方の祖母が誰に対しても笑顔だった)
・周りの人に褒めてもらったちなみに…介護で一番大切なのは、介護している人を「褒める」事だと思います。
私は友達や、友達のお母さんから褒めてもらえたから、なんとか色んなものを我慢することが出来たと思います。
介護をして辛かったと思う事
・大好きなおばあちゃん達が、行動がおかしくなっていく
・大好きなおばあちゃん達が、私の事が分からなくなっていく
・友達と遊ぶ時間が減った
・勉強しろと言われるが、勉強中に1Fから祖母と母のケンカしている声が聞こえる
・そもそもアトピーで辛いのに、なぜ介護でも悩まないといけないのか自分の運命が辛い
・祖母に施設に行ってもらう=見捨てて可哀相と思われるのが怖かった
・何度説明しても1分前の事を忘れてしまうので、同じ過ちを繰り返す
・意思表示が出来ない状況の祖母が、何を望んでいるか分からないこと
・祖母の介護をするのがお金狙いだと思われた
・家族が壊れた(母の兄関係と絶縁)
・母が辛そうなのをみるのが本当に辛かった
・そんな母の為に「母の理想の娘」になろうとし、自分が何が好きなのかなど分からなくなった
・呼ばれていないのに、母に呼ばれている気がする
・何をしていても母のことが脳裏にある
・母から独身の叔父・伯父も何かあったら看てと言われた。
・介護を終った頃には、母は60歳オーバー。再就職が難しい。
他にも沢山あります

一番つらかったのは、
母親から「もう介護に耐えられなくなったら、二人のおばあちゃん殺して、私も死ぬから」と言われたことです

ちなみに、

我が家の構成はこんな感じでした。

父(長男)・次男(独身)・三男(既婚・子供2人)
母(長女だけど3番目)・長男(既婚・子供なし)・次男(独身)
長男とは絶縁…。

母方の祖母は、初めは普通に歩けていたのですが、認知症でした。
鍋を焦がしたり、徘徊したり。
寝たきりになったのは、トイレの際に、トイレとの幅を見誤って、腰から地面に落ちてしまい、
背骨が折れ、そこから寝たきり街道…

父方の祖母は、アルツハイマーでした。
私はアルツハイマーって何?という感じだったのですが、
塗り絵をしてもらったら、あり得ない色を人の顔に塗ったり、
時計の絵が描けなかったり、トイレの洗浄液を飲もうとしたり…。
和室でトイレをしてしまったり…。
凄かったです。目が虚ろになって「うー、うー」しか言わない時もありました。
なので、目が離せません。

私が学校に行っている間の母は、いったいどうやって過ごしていたんだろう・・・。

そして、介護を経験した私が考える今後の課題
・父親が家事できない
・母親が運動しない
・おじ二人が独身

色んな思いをした私ですが、今は今後の課題が怖いです。
そして一番怖いのは、同じ道をたどろうとしている母です。
運動を全然しないので。祖母と同じように何かあったらすぐ寝たきりになりそう…。
そして独身の叔父たちはどうなるのか…。父親も母が専業主婦でしたので、
料理が全くできません。
本人たちが一番危機感を感じておらず・・・
私は今山形で嫁ぎましたので、兵庫にいる彼らのサポートは難しいです。
これも正直「逃げた」気がするので、辛いですが・・・。
ただ、この問題から離れている今がとても幸せであることも事実です。

山形にきて、今、本当に幸せなんです。
家族問題から離れ、自分の生活を自分で作れる。
家の家具なども自分で選べる。自分の好きな事に時間を使える。
自分の生活が出来る事は、本当に幸せな事なのだと思います。
これは経験していなければ、感じることが無かった幸せです。

一番つらかった、母親から「もう介護に耐えられなくなったら、二人のおばあちゃん殺して、私も死ぬから」と言われたこと・・・。
私は父母兄の4人暮らしで自分の家族が大好きでした。おばあちゃんたちが来てから家族がおかしくなった。
おばあちゃんたちのせいで、母が苦しみ、知るかもしれないという恐怖心はものすごいものでした。
くれぐれもこんなこと、子供に言っちゃだめです・・・。
昔、母に家出するから(たしか兄が言う事聞かなくて見せしめ?みたいな家出)といわれて出ていかれた時以上にショックでした。

私がしていたのは祖母たちが動けていた時は散歩、プールの同行、入浴、トイレ介助などを手伝い、
歩けなくなってからはオムツ替えや食事介助などをしていましたが、これだけでも結構大変だったのに、母はもっと大変だったと思います。
私は介護のために部活は出来ませんでした。家と学校の往復ばかりで放課後友達と遊ぶこともほとんどありませんでした。
もちろん一番大変なのは、母です。ですが、孫も実は苦しかったです。精神的に。
子供のチカラじゃどうしようもない分、余計に。伝わるかな・・・。

なかなか見てもらえない孫視点ですが、どなたかの参考になれば幸いです。

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